|
実は一昨年から高校時代の友人等とオヤジバンドをやっています。
ある日突然「ライブをやろう!」という話が盛り上がってしまい(はからずも友人の父親のお通夜の席で)楽器を弾ける者が集まってスタートしました。
一排会関連では29回の小西がドラム、私(佐羽)がベースをやっています。
オヤジなのでレパートリーはビートルズ。もう既に2年連続でライブを演って(もちろん有料で、6〜70人集まるんですよ!)一部にはファンクラブもできたとかできないとか・・・。
練習はライブの半年前から始めて月に1回程度(つまり年6回くらい)ですが、この2年間で17曲をカバーしました。私の会社の1部屋を練習場所にしていますがギターやアンプ、ドラム(先月新しいデジタルドラムセットを入手しました)などが置いてあり、まるでスタジオさながらです。
何事も形から入る我々としては、まずビートルズと同じギターを揃えたり(一部コピー物もありますがリッケンバッカーのプレートをわざわざ作って付け替えたり部品だけ本物と交換したりして外見的にはほぼズバリです)アパレルの友人に衿無しのスーツを人数分提供させたりして形を整えました。
練習はだいたい酒を飲みながらタラタラとやるのですが、本番が近づくとさすがにマジになります。
人の失敗は別に許せるのですが、自分のせいで失敗してしまうのは皆イヤですから。
話は変わって・・・。
私が高校2年生の春合宿時にOBとの練習試合に負け、当時OBの若者頭的存在だった久須美さん(22回)にこんなことを言われました。「この試合はオマエのミスが原因で負けた。分かってんのか!」と。
バレーボールを始めとしてチームスポーツは勝っても負けても全員の責任であると勘違いしていた当時の私にとってはガツンと響く言葉でした。
勝負事にはやはり勝敗の分かれ目となるポイントがいくつか存在していて、そこをしっかり決めないといけないわけです。
負けるには負ける原因があり、そこから目をそむけることは進歩を妨げる最大の原因です。敗因を具体的に特定するということは、時によって個人の責任を明確にするということにつながります。
しかしこれは個人を「責める」のではなく、責任・役割・課題を明確にする、つまり存在意義を認めるということです。(つまり私は久須美さんに存在を認められていたということですね!?)
これが明確でないチームはおそらく強くはならないでしょうし、そうしたくないなら勝敗にこだわらない同好会的な活動を志向すべきなのでしょう。
さらに話は変わって・・・。
仕事の世界でも「同好会」的な人は良く見受けられます。
「何か今回の仕事ははかどらないな」というときには、だいたいプロジェクトチームの中に「同好会」志向の人間が複数いることに気付きます。(同好会が悪いと言っているのでは無いですよ。仕事を同好会気分でやっているのが悪いということですから誤解されませんよう。)
言葉遣いの非常に悪い私風に言うと「バカ1人までなら何とかなるけど、2人以上になると仕事が進まね〜!」です。しかも都合悪いことにそれはだいたい役職的に偉い人に多いです。それもクライアント側に(おぉ!過激!!)。
そういう人同士がキャッチボールを始めてしまうと、もうループ地獄です。(なるべく2人を引き離そうとしても、お互い話が合うから目を離すと隅っこの方でキャッチボール始めちゃうんですよね)そこには本当の意味での責任・役割・課題、そして相手の存在を尊重するという概念が無いのです。
・・・いやいや、別に最近仕事で腹の立つことがあったわけではありませんしストレスを発散しているのではありませんので、念のため。
いたいけで純粋だった少年の時に、OBからの一言で気づかされた人生の基本。
「チームプレーには必ず個人の責任が伴う」ということ。そしてそれは「相手の存在を尊重する限りにおいてはタブーではない」ということ。
遊びにおいても仕事においても日頃から気をつけていることの一つです。(佐羽 高29)
|